「どうした?」
気楽に尋ねると、カミルはセレンを見やった。セレンは罰が悪そうな顔をして、
「……実は私、さっき商店街でポカしちゃって」
「何をやらかしたんだ?」
「果物屋さんの果物に頭からつっこんじゃって」
「……どこをどうやったらそうなるのか分からんが、それで?」
「そのお店の女将さんに怒られちゃって」
「それはそうだろうな。で?」
「弁償するお金がないなら、代わりに言うこと聞けって言われたんです……」
ふうん、とシグリィは大して驚かず、もじもじしているセレンを小首をかしげて見た。セレンが何かヘンなことをやらかして街や村の評判になることはよくあることだ。それで、と少年は続ける。
「何をやれって?」
「えーとー」
「言いにくいことなのか?」
「いえ、全然」
「じゃ、何だ」
セレンが助けを求めるように隣に立つカミルを見上げる。よく見るとセレンの顔にはところどころにあざがあった。果物につっこんだ跡だろうか。
カミルはセレンをにらみやってから、渋々口を開いた。
「……世話をしろと言われたんだそうです」
「世話? 何の」
「その女将の祖母の」
「……ふうん?」
さすがに意外に思って、シグリィは半ば感心したような声を上げた。
しかし、すかさずセレンががっと少年の両肩をつかみ、泣きそうな声で訴えた。
「それがひどいんですよう、シグリィ様!」
「分かった分かった、落ち着け、今聞くから」
カミルがため息をついて説明を続ける。
「そのお婆さん……ラディアさんとおっしゃるんですが、御歳八十歳でいらして……」
「ふうん、珍しいな」
この大陸の平均寿命は五十五歳である。南国のマザーヒルズにおいては少し高くなって六十五歳という記録がとられていたと思うが、それにしたって八十歳はすごい。
カミルは無表情に続けた。
「……ラディアさんは、セリオリの実を食べたとまことしやかな噂が流れているんですよ」
「あの有名な不死の実か」
「ええ。実際そう思えても仕方ないくらい、ラディアさんはその年齢とは思えないほどお元気な方で――」
そこまで聞いて、シグリィは首をかしげた。
「なんだ? カミル、お前も会ったのか?」
「だから、ひどいんですようシグリィ様ぁ」
セレンがまた泣きついてくる。
「私、頑張ってお世話したんですよ!? なのにどれもこれも難癖つけられて! 結局『お前なんか役に立たない』って言われて!」
「……花を活けようとしてして花瓶を倒し、床を拭こうとして桶の水を倒し、ベッドメイクしようとしてますますしわくちゃにしつつ枕が飛んでいってラディアさんの大切な家族絵が入っていた額を割れば当然でしょうが」
カミルが険悪な声で言って、セレンをシグリィから引き離した。セレンはえーんと泣いた。
「私だって一生懸命だったのよう〜」
「……セレンに家事をやらせようという方が間違っているからな」
シグリィは腕を組んで嘆息する。目の前の女には、家事というスキルはまるでないに等しい。せいぜい旅用の食事を作るのに長けているくらいなものだ。
「それで、あれか。カミルに助けを求めにいったのか?」
視線を青年に移す。カミルは疲れたようにうなずいた。
こと、家事に関して彼は素晴らしい能力を発揮する。剣士としての腕も特筆すべき部分なのだが、一緒に旅をしているとなぜかどうしても彼の家事の腕前の方が際立つ。
三人の経済関係を一手に担う彼は、賃仕事として町や村で家事手伝いをやっているほどだ。
そんな彼ならば、たしかにラディア婦人も満足するだろう。
……と、そう思うのだが、カミルの暗い表情からするに、事態はそんなに簡単ではないらしい。
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