カウンタ400HIT★汀ちあきさまに捧ぐ
「歳の差カップル」
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〜 いつか花の咲く頃に 2〜   

 ――さあ……っ――

 レオンが土に振りかける水の音が、レナの耳に心地よく響く。
 本当に不思議で仕方がなかった。いったいどうして、それなりの量の水を振りまいている音がこんなに軽やかで優しいのだろう?
 さらにもう一振り。手慣れた動きで、花壇にまんべんなく、やりすぎない程度の水がゆきわたるよう、
 水が――優しい雨のように降る――

 さらさら……

「――っありえないわよ、本当に!」
 思わず声を上げると、隣でレオンが驚いたように、花壇に水をやる手を止めた。
「なんだ? そんなにこの土地で花が根づくのが信じられないのか? だから、諦める必要はないってことを今ここで証明しようとしてるだろうが――」
「そうじゃないわよっ!」
 じゃあなんなんだ、とレオンは心底不思議そうに眉をひそめる。
 レナは何も言わなかった。――言ったところで、理解してもらえないだろう。
 彼が水を撒く音がこんな風に聴こえるのが、不思議でたまらない、なんて。
 無言になった少女に少し困ったような気配を見せながらも、レオンは改めて「ほら、お前も」とレナに水やりの道具を手渡そうとする。
 レナはそれを無視し、すとんとその場にしゃがみこんだ。自分の足に肘を置くような姿勢で頬杖をつきながら、少しだけ目線が近くなったその新芽たちをじっと見つめる。
 それから、ぽつりと呟いた。

「ねえ。この村に、花を咲かせてどうするの?」

 思えば、今までそう訊いたことがなかったことが不思議だ。
 いや、理由はある。――この村の土に花の種が根づくなどありえないと信じていたから。訊くまでもなかったのだ。
 花。
 それはとても綺麗なものだという。
 まったく見たことがないわけでは、なかった。――偽の花ならば。商人たちの荷物や、出稼ぎから帰ってきた村人たちが持ち帰る土産には、少なからず花をかたどったものがあった。残念ながら花そのものをここまで枯れずに持ってくることは、距離的に無理だったのだが。
 絵だって見たことがある。
 けれどレナは、それらに心を惹かれたことがなかった。
 その花を咲かせるために、毎日欠かさず花壇の世話をする、レオンの姿が理解できなかった。
 ――こんな優しい音、優しい仕種で水をやる彼の姿が、理解できなかった。
 青年の声が返ってこない。
 静かな間を感じて――急に心が冷えた。
 きっと困っているのだ。ひょっとしたら絶望させたのだろうか。レナは後悔した。元から彼の行動にあからさまに呆れた態度をとっていたとは言え――
 彼が信じているものを、自分は今、完全に否定したのだ。
 レナは立ち上がった。詫びの言葉を告げようと、引きつった唇を必死で動かした。
「あ、の、レオン、私、その……」
 そして彼の顔を見て――少女は絶句した。
 水色の瞳の青年は――
 レナから顔をそらして、口を片手で押さえていた。
 ……肩が小刻みに震えている。
 泣いている? 違う、これは――
「レオ、レオン……っ」
 レナは頬を真っ赤にして――わなわなと震えた。
「あなた笑ってるわね……!?」
 途端にせきをきったように、レオンは思い切り笑い出した。何がそんなにおかしいのか腹を抱えて大爆笑している青年に、我慢ならずレナは本気で怒鳴りつける。
「ちょっと!!! 人がせっかく謝ろうとしてるのになんで笑ってるのよおかしいわよあなた!!!」
「はは、いやその、お前があまりにも、あは、あはは」
「私がいったいなんだってのよ!!!」
 肩をいからせてさらに声を張り上げると、レオンはようやく少しおさまりだした笑いの隙間に、すべりこませるように言葉を紛れさせた。

「――お前があんまりかわいいから」

「―――っ」

 レナの時間が数秒間止まる。その間に、レオンの爆笑は、柔らかな微笑へと変化して。
 水色の瞳がまっすぐと少女の瞳を見つめていた。
「……なら、反対に訊こうか。お前はなんで、そんなに花に興味がない?」
「――そ、そんなこと――」
 言わなくても、彼は知っているはずだった。いや、気づいているはずだった。
 そう、理由なんか簡単だ。だって私は……私は……
 なぜか言葉が出てこなくて、レナは口を閉ざす。そんな少女に青年は重ねて尋ねてくる。
「訊き方を変えるか。お前は、花が嫌いか?」
「―――」
「……そんなはずは、ないよな」
 優しい声がする。
「俺がこの村に来てすぐのころ――俺がしょっちゅう話していた世界中の植物の話を、お前はむしろ喜んで聞いていた。嫌いなはずはないだろ」
 穏やかな声がする。
 ――自分よりも、ずっと大人の。
「だがお前は、あるときから俺の話を聞きたがらなくなったな。きっかけはよく知らんが……でも、」
 理由は分かるよ――と。
 レナはうつむいた。
 ぼそりとした声が、口からすべり出た。
「……あなたは何年、旅してたって言った?」
「十六年だな」
 あっさりと答えが返ってくる。何度も聞いた言葉。
 それは、その数字は、レナが生まれてから今までの年数と同じなのだ。
「……十六年って、長いよ……?」
 かつては家族とともに。何年か前からはひとりきりで。
 彼は世界中を旅して、たくさんの経験をして……

 いつからだった? 彼の旅の話を聞くのが苦痛になったのは。

 ふと、頭に軽く手を置かれる感触がした。
 レオンはその男性らしく大きな手で、彼の肩にも届いていない身長の少女の髪に、優しく触れていた。
「お前が花を惹かれないのは――俺が話を聞かせたせいで、この土地が悲しくなったから……だな」
 だからきっと、無意識に拒絶するんだ――
「本当に花が嫌いで、本当に俺の賭けがばかばかしいと思ってるなら、そもそも毎日ここに来たりしない。だろ?」
「………」
「だから、」
 青年の声が、力強いものに変わる。
「必ず花を咲かせて見せる。お前のために」
 ――どくん、と鼓動が跳ねた。
 そんな彼女に気づいているのかいないのか、レオンは少女の耳に少し顔を寄せて、囁くように続けた。
「そんなわけだから。俺がこっちにかかりっきりだからってそんなにやきもちを焼くなよ? レナ」
「―――っ!」
 レナはぼっと燃えるように顔を赤くした。思わず頭の上の手を払いのける。
 顔をあげると、少しばかりいたずらっぽい笑みを浮かべる水色の瞳と目が合った。
 いつだってすべてを、自分のすべてを見透かしている目――

 ――だから笑ったんだ、この人は……!

「こ、の……っバカぁ!」
 真っ赤になったまま、レナは叫んでくるりときびすを返した。いつもの道を走って行こうとする彼女の背中に、再度ぶり返したらしい青年の笑い声が聞こえた。
 そしてその笑いの合間に、当たり前のように彼がまぎれこませた言葉――
「じゃあ、また明日な……!」

 ――また明日。

 背後に聞こえる声に、かたくなに返事をするのを拒みながらも、レナは跳ねる鼓動を抑えらなかった。全速力で帰り道を走りながら。それでも鼓動に、彼の声だけが重なって。
 自分は、そう、やきもちをやいたのだ。自覚してなかったけれど、きっとそれは間違っていない。
 そして彼はそれを見透かして、おまけに大笑いしてくれた。
 バカにされているようなものだ。だけど、
 だけど……
 視線を上げると、夕焼けが目の前にあった。明日も晴れる、その兆し。

 また、明日。
 誰にも聞こえないほど小さな声で、けれど微笑みを隠せないまま、少女は呟いた。
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