カウンタ400HIT★汀ちあきさに捧ぐ
「歳の差カップル」
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〜 いつか花の咲く頃に 3〜   

 レナの午前中の仕事は、薬草の手入れに始まり薬草の手入れに終わる。
「レナ、もうそろそろ昼の用意頼むよ――」
 少し離れたところから、薬草をすりつぶす作業をしている母の声がした。
 太陽はすでに中天にあった。
 はーい、と母に聞こえるよう返事をして畑から立ち上がると、それまで手を休めなかった母がふと顔を上げ、
「あ、違うレナ、その前に摘んだ草持って学校のほうへ行ってくれるかい」
「学校に?」
「昨日頼まれたんだよ。何でもこの草を授業に使うとかで」
 レオンに、と母は言い、それからすぐに作業に戻ってしまう。
 ――娘が激しく動揺していたことには、おそらく気づかなかっただろう。レナは顔が赤くなっているのを自覚して歯がゆい思いで嘆息する。
(もう……)
 学校、と言っても本来そんなたいそうなものがこの村にあるわけがない。
 この村で言う学校とは、外から来た人間であるレオンが、村の空き家を利用して行っている学び舎のことだ。
 出稼ぎに行く予定のある若者たちにとっては願ってもいない催しだった。レオンはそうやって知識や技術を持ち込むことで、村人から施しを受けて生活している。
 レナは干してあった薬草をいくつかかごに入れてその上に布をかけ、意味もなくスカートのすそを払ったりしながら――ふと思い出した。
(そう言えば……兄さん、どこ行ったんだろ?)
 数日前に出稼ぎから帰ってきた兄の姿をさがして、家をのぞいてみる。……いない。
 商人との商談に行っている父についていったのだろうか。首をかしげながら、レナは学校への道に足を向けた。

 学校と呼ばれるあばら屋は、なぜかそこだけ活気に満ち溢れているため、遠目にも目立つ。
 子供も多いからだろうか。それとも――
(……彼が、人気者だから、とか)
 考えてから、慌てて「バカみたい」と否定した。そして、そのことに自分で訳もなく硬直し、さらに赤くなった。
 このところ火照りっぱなしの頬に手を当てて、少ししかめ面をしてみる。
 ――彼女の考えたことは、あながちはずれてもいなかった。元は旅人で、世界中の話を知っている彼に、憧れる子供は多いのだから。
(……十六年の旅、か……)
 いつの間にか立ち止まってしまったことに気づき、ぶんぶんと顔を振る。そしてぐっと気合を入れ直して歩を早める――
 と、

「ぶっ飛ばすぞてめえ!!!」

 青空に響き渡るような物騒な怒鳴り声が飛んできて、レナはぎょっと立ちすくんだ。
 続いて学校のボロ扉をぶち破るように――中から誰かが吹っ飛ばされてきた。
 レナは声を上げた。
「……レオン!」
 ――地面に転がった長身の青年が、のっそりと上半身を起こして頭に手をやり、痛そうに顔をしかめる。
「……こっちが何も言わなくても結局ぶっ飛ばすんじゃないか、あんた」
 苦笑しながら扉の中のほうに声をかけるレオンに、レナは駆け寄った。
「レオン……! 大丈夫!?」
「レナ? なんでここにいるんだ?」
「バカ! あなたが草持ってこいってうちに頼んだんでしょう!」
「――ああ、そうだっけか」
 のんきにぽんと手を打つレオンに少し苛立ちながら、レナは彼の後頭部に触って怪我がないかたしかめた。頬には明らかに殴られた跡があったが、それよりも頭を打つことのほうが怖いと思ったのだ。
「大丈夫だ。それより、」
 レオンに促され、レナはようやく壊れた戸口に立っている青年の姿を見て――目を見開いた。
「兄さん!」
 家にいなかった出稼ぎ帰りの兄、ユウの姿が、そこにあった。肩を怒らせ、憤怒に顔を紅潮させて。
 レナ、と兄は苦々しげにつぶやいた。
「……そいつから、離れろ」
「何言ってるのよ?」
 レナは立ち上がり、兄に向き直る。「兄さんがやったの? レオンを殴ったの?」
 何考えてるのよ! とレナは声を張り上げた。ユウはレオンに指をつきつけて、
「そいつが生意気すぎるんだ……! 冗談じゃない、そんなやつに、」
「まあいいからとりあえず落ち着け」
 遅れて立ち上がったレオンが、困った顔で兄妹の間に割って入る。ユウはギリッと歯ぎしりしながらレオンを――ちょうど同い年である“よそ者”をにらみつけた。
「てめえ、オレの言ってることが分かってんのか!!」
「とにかく俺がむかつくってことは分かってる。苦情は他のところで聞くから――生徒の前ではやめてくれ」
 水色の瞳がちらと見る先。ユウの背後から、おそるおそる様子をうかがっている村の子供たち――レオンの教え子たちがいる。
 ユウはいらいらと、「そんなこと知ったこっちゃない」と吐き捨てた。
 刹那、
 レオンの手が、ユウの腕をわしづかんだ。
「……分別をつけろよ」
 低く、レオンが囁く。
 ユウの表情が苦痛にゆがんでいた。二の腕をレオンに思い切り握りしめられ、身動きさえできなくなった彼に、
「あんたはいくつなんだ? 時と場所を考えることぐらいできないのか」
 レナは背筋が冷えた。
 それほどに、今のレオンには迫力があった。淡々とした声音、淡々とした表情――
 その奥にひそむ、何か。
 この一年見たことのなかったその姿に、レナの胸の奥で何かが騒ぎ出す。

 これは――この人は、誰?

「―――」
 唇をしきりに動かそうとしながらもまったく言葉の出ない、腕をつかまれたままの同い年の青年。
 張り詰めた何秒かの後――
「ほら、妹と一緒に帰れよ。邪魔だ」
 レオンはぐいとユウを引っ張り、そのままレナに向かって押し出した。
 腕を放され、よろけた兄の体を慌てて支えながら、レナはレオンを見つめる。腰に片手を当てて、水色の瞳の青年は彼女に言った。
「悪いんだけど、その兄さん連れて帰ってくれるか」
「――草を――」
「ああ。ありがとう、置いていってくれ」
 レナは無言で腕にかけていたかごをその場に置き、兄の手を引いた。
 ユウは憎々しげに吐き捨てる。
「てめえなんかに、オレの妹をやるか」
 ぎくり、と妹の足が止まる。しかし今度は兄のほうに引っ張られ、一度止まった足は重たく動き出した。
 ――水色の瞳の青年を振り返ることは、できなかった。
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