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村で何が起ころうと、太陽はいつだって同じ調子でのんびりと天を横切っていく。 ユウが起こした騒ぎは、たいして村に広がらなかった。おそらくはレオンが子供たちに口止めしたのだろう。純粋に外から来た“先生”を慕う子供たちは、彼との約束を破ることはまずないのだ。 黙って午後の仕事をこなしていたレナにも、やがて母から「もういいよ」と声がかかる。 「………」 レナはぼんやりとしたまま、作業で汚れた服を着替え、家を出ようとした。 ――呼び止めたのは、ひどく不機嫌そうな兄の声。 「あいつのところに行くのか?」 「……悪い?」 小さく言い返してやると、相手はむっつりとした顔でこちらをにらみつけてきた。 レナは兄の顔を見つめる。 六歳年上。かつ、彼は何年も前から出稼ぎで一年の四分の三家にいない。 それでもレナは、この単純激情型の兄が好きだった。根が真面目で、家族のためにひとり街に出ることに愚痴をこぼすことなど一度もないことを知っている。 それに…… ――他人に暴力を振るうような人では、ないと思っていた。 「レオンと……何があったの?」 ぽつりと尋ねる。 ユウは当然、去年も村にいなかった。ちょうどレオンがこの村にたどり着いたころ、入れ替わるようにして村を出て行ったことを思い出す。 そして数ヶ月ぶりに帰ってきてみれば―― 「オレは許さねえぞ。あんな、よそ者なんか」 ぶつぶつ、ぶつぶつと。 レナは少し呆れて、「どうせ兄さんだって街で恋人見つけるんでしょ」と言ってやった。 ユウは真っ赤になって――それからイライラしたように、顔をそむけた。 「久しぶりに帰ってきてみて、お前たちが妙に仲いいってことを他の連中に聞いてよ、オレがどんな気持ちだったと思う? 村の連中ふざけたことぬかしやがるから――」 「……ふざけたこと?」 訝しく思って訊き返すと、ユウは吐き捨てるように言った。 「『レナとレオンのほうがよっぽど兄妹みたいな仲の良さだよ』だとさ!」 「―――」 「オレだってな、好きで家にいないわけじゃねえんだぞ。それなのに、それなのにな、お前、お前の兄貴は、」 ――お前の兄貴はオレなんだぞ――? どこか泣きそうな様子で、 兄はそう、言った。 顔をそむけたままのその表情を、レナは見つめた。 そして―― 「……心配しないでよ、兄さん」 呼びかけた声に反応してこちらを向いたユウに、にっこり笑いかけて。 「私の兄さんは、兄さんだけだよ。それは間違いないから」 「レナ……」 「それよりね兄さん、この土地に花が咲くかもしれないんだ」 告げた言葉に、兄は目を見開いた。――彼は街で花をじかに見たことがあるはずだった。けれど、やはりこの村でそれが見られるなどとは思っていなかったに違いない。 「だからね、私それを見に行くの! 止めないでね」 「おい――」 「それじゃ、日が落ちきる前にはちゃんと帰ってくるから!」 ユウの呆然とした声を背後に聞きながら、レナは家の外に出た。そして外にいた父と母に断ってから、いつも通りの道を目指す―― 昨日の夕焼けは、次の日の天気を間違えることはなかった。 今日の空にはかすみがなく、文字通りの青空だ。澄み切った空、そう呼ぶにふさわしい。 ――けれど、それとは対照的にレナの表情は晴れなかった。 兄に向けた笑顔の反動なのだろうか、今は笑みを作れそうにない。 兄の口から聞いた言葉が、重くのしかかってくる。 ――村の連中が言っていた―― ――レナとレオンは、仲の良い『兄妹』のようだと―― 「きょう……だい……」 急に襲ってきた苦しみに、レナは胸元をかきむしる。 昨日の帰り道は同じ場所が、高鳴る鼓動で息苦しかった。 けれどそれは、心地よい苦しみだった。 今日は……違う。 ――兄妹のような仲の良さ―― ああ、そうだ。 元々歳の差があった。レオンはいつだって、自分を子供扱いしているようなふしがあったし、自分たちのやりとりは傍目から見てせいぜい兄妹程度にしか見えないだろう。 昨日は―― 昨日、自分を動揺させたあの言葉は―― 彼が自分を、からかうために言ったものだったに違いなくて――…… こんなことになるのは歳の差のせい? そんなものは大したことではないと思っていた。けれど彼は、十六年も旅人としてたくさんの経験をして、自分よりはるかに物知りで、 ふざけたようなことばかり言いながらやっぱり大人びていて、 彼の前では――自分はどこまでも子供で。 進む足が重くなる。行くのをやめてしまおうかと思った。だが記憶が彼女の足を無理やり進めていた。昨日の記憶が。 また、明日、と。 彼の口から、聞いてしまったから。 少女は進む。いつも通りの道を。 ――胸元をわしづかんだ手を、放すことができないまま。 |